2007年10月28日

目玉焼きにかける塩コショウの匙加減。

こないだ千原兄弟のお兄ちゃんがベトナムのバイクタクシーで運転手と
交代して運転手を後ろに乗せて走っていたという話をしていましたが、
僕もつい先日、同じ事をしてきました。
こんばんは。



というわけで、まあいいか、ということについて。

ここ最近、といっても京都に戻ってきてからの傾向なのですが、
まあいいか、といって気にしないことが多くなってきています。

喫茶店で頼んだ珈琲のグラスが欠けていても、まあいいかとか、
目玉焼きの塩コショウが多くても、まあいいかとか、
待ち合わせで相手が1時間遅れてきても、まあいいか、とか。

いちいち細かいことを気にしない器の大きな男になったものだ、と思えば
それはそれで素敵なことかもしれないのですが、感覚がザルになっている気がして素直にこれは、うんそうだいいことだ、とは思えないのですよね。

気にしないってことは興味の対象の外に置いているってことで、
興味のないことが多いって事はそれだけアンテナの感度が鈍っている証拠なんですよね。

そしてこのアンテナの感度の鈍り方、がここのところ日常生活にまで
影響がでていてて、なんだか自分をつまらない人間にしているのではないか
ともの凄く不安になっているのですよ。というか実際そうなんです。

反動、ですよね。きっと。

これまで1年半、いろんなことに目と耳を閉ざして一つのことに集中をしてきた
と思っているのですが、その閉ざしてしまった自分の興味と天秤に掛けるべき物
が、本当に天秤の重石になるのはいつのことになるのかわからないのですよね。

そんな不安。

そして、これもややこしいのですが、そんなことに不安を感じている自分にイラついていているのですよね。

自分で選択してアンテナの感度を下げていたのに、そしてそれはきっと今でも
下げたまま一つのことに集中すべきことはわかっているのに、そのことをどっかで
否定したくて、でも過去の自分の選択を否定することなんてのは死んでもしたくなくて、そんなジレンマがイラつきの元凶なのかと。


まあ要は、
いろんなことに好奇心を持って行動する、ことを自制するのはもうちょっと
しんどいなあ、っていうお話。

11月19日までの期間限定のお話、ですけどね。



まあ、秋ですし夜も長いことだから、たまにはこんなことも。


(ではまた。)










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